北海道地震

まだまだ断水や停電等が解消しきれていない北海道ですが、わたしの自宅では昨日の朝方に電気が復旧し、ガス・水道も含めインフラが整いました。わたしは無事で、至って健康です。何なら、ここぞとばかりにご飯を食べており、著しい体重増加の恐れがあるくらいです。

とはいえ、都心部や住宅街を徒歩や自転車で周回すると、救急車のサイレンが頻繁に聞こえ、人通りは多いものの、どこか物々しい雰囲気が未だに漂っています。

大きな地震があった9月6日の未明──眠りについたばかりのころ、ベッドに大きな揺れを感じるとともに携帯電話の地震速報がけたたましく鳴り、リビングから金物や食器が床に落ちる大きな音が聞こえました。飛び起きてリビングを見ると、飾っておいた手作りのアクセサリーや、台所の電子レンジの上に置いていたお茶碗が床に散乱していました。何か割れたものや、倒れている家具も特になかったのですが、ほどなくして部屋中の電気がすべて一瞬で消えました。

わたしは札幌で18年近く生活を営んでいますが、いままで地震があっても大きくて震度3程度のものでした。そう、東北の大震災のときを除いては、ですが。あの真昼のとき、わたしは当時の職場にいて、今までにないほどに大きく長い揺れを感じました。今回はそのときほど長い揺れではなかったものの、得体のしれない「気持ち悪さ」を感じました。今立っているこの場所に大きな被害はないけれど、ここ以外のどこかで、何か大変なことになっているに違いないという確信に似た嫌な予感です。

その後、もちろんテレビは電源が入らず、情報収集の手立てが携帯電話に限られたので、主にTwitterで地震に関する情報を集めていました。そのうち、「過去の震災では、本震が三日後にある」という情報を目にし、いまに本震が来るかもしれないという不安で眠れなくなりました。また、ひっきりなしに聞こえてくるサイレンの音が不安を煽りました。

ただ、停電はしたものの、出張や旅行のために買った大容量モバイルバッテリーが手元に数個あったのと、所有しているノートパソコンが3台あったので、数日間の携帯電話の充電は気にしなくてよい状態でした。よって、携帯電話の電力を惜しむことなく情報収集をしていたため、少しは安心できていたのだと思います。

夜が明ける前、早い時間から物資を求めた人がコンビニに集中しているらしいという情報を目にしました。まだ暗いうちは恐ろしかったので、夜が明けて少し経ってから、わたしも自宅周辺のコンビニに向かってみました。最寄りのローソンの入り口には「閉店中」という手書きの張り紙がありました。それでも、その店の反対側にあるセブンイレブンの方角からは、カップラーメンやらペットボトルやらを詰め込んだ白いビニール袋をぶらさげている人が歩いてくるのが見えたので、そちらに向かって歩き始めました。

コンビニを目掛けて歩いているときに、はじめて灯りがともっていない信号機を見ました。そして、その状況下でも多くの車が走っていることに衝撃を覚えました。何らかの理由があって車で移動しなくてはならない人たちなのでしょうが、それらの運転手の人々の性格は様々で、もちろん状況を慮って譲り合いをしている人もいれば、我先にとアクセルを踏む人もいました。先ほどからよく聞こえるサイレンの音は、こういった車がぶつかり合って事故を起こしているのかもしれないと思いました。

コンビニの店内は真っ暗でしたが、すでに日は昇っていたので、辺りを見渡せないほどではありませんでした。おにぎりやパンを陳列していたであろう棚はすっからかんで、カップラーメンは残り少なく、激辛系のものが比較的売れ残っているように見えました。会計を待つ人々が店内をぐるりと回った長い行列を作っています。わたしは飲み物を数本と、キャベツを買ってその場を後にしました。わたしが会計を済ませて店を出ようとすると、その時には店外にも行列ができていました。私服のオーナーが汗をかいて人を誘導しています。買う人の立場からすると、こんなときでも物資を調達できるコンビニはとても便利で有難いですが、働いている人にもそれぞれ家があり家族がいることを思うと、複雑な心境でもありました。

家に戻ってからはまた、同僚や友人、家族などと連絡を取り合いました。連絡を取り合った限りでは皆無事で、ほっと一息を吐きました。そして、街の様子が気になっていたので、いつもの出社時間にあわせて札幌駅方面へ歩いて行ってみました。あたりのビルは軒並み「停電のため休業」という手書きの紙が貼られていましたが、何ら損壊は見受けられませんでした。ただ、普段よりも自転車に乗っている人が多く、白いコンビニの袋をぶら下げている人もまた多いように見えました。通りすがったビルの軒先では、電話している女性が「歩いて会社まで来たのに誰とも連絡がつかない」と怒っている姿も見かけました。

勤め先のビルは停電で入館禁止だったため、すぐに家に戻りました。そのあと、トイレットペーパーや蝋燭などの物資の調達に、近所のマックスバリュまで行きました。すでに数百人の行列ができており、2時間ほど待ってから漸く買い物をすることができました。太陽の日差しが強かったので、あわや日射病になるところでした。

電気は使えませんでしたが、ガスも水道も問題なく使えていたので、土鍋でご飯を炊き、美味しくいただきました。お米も買ったばかりだったので、ありがたいことに備蓄の不安はありませんでした。しかし、隣のマンションの前ではバケツやポリタンクに水を汲んだ人々を見かけたので、きっと断水だったのでしょう。わたしのマンションは偶々運がよかったのだと思います。

電気の復旧の知らせが各所に届く中、夜になっても我が家の電気は復旧せず、蝋燭を灯しながら夜を過ごしました。自転車用の着脱式の電灯があったのでそれも利用しており、さすがに不便ではありましたが、暗闇に困り果てることはありませんでした。停電しているところの一部では、札幌中心部にも関わらず天の川のような星空が見えたそうですが、我が家のベランダからはくっきりとしたオリオン座くらいしか見えませんでした。わたしのマンションの前の通りを何本かを越えた先にホテルがあるのですが、そのホテルは非常電源か何かで停電直後からずっと電気がついていたため、比較的ではありますが辺りが明るかったからです。

翌日目覚めても、電気は復旧しておらず、残念な気持ちでいっぱいになりました。とはいえ、体にまとわりつく汗が不快だったので、意を決して冷たいシャワーを浴びることにしました。もはや荒修行以外の何ものでもありません。冷たい水に体が縮み上がります。何とかして冷水で髪を洗い終えたときに、突如としてパッと視界が開けました。電力が復旧し、辺りの電気がついてが明るくなったのです。思わず「うおおおお」という雄たけびを口から発していました。その後、温かいシャワーを浴びることができ、お湯の有難みが身に沁みました。夜通し働いてくれたであろう電力会社の方々に感謝の念が絶えません。

その後も、余震への不安はまだ拭えずにいます。正直なところ、まったく怖くないと言えば嘘になります。また、電気は復旧したものの、ご飯は引き続き土鍋で炊くなど、微力ではありますが節電を心がけています。まだまだ予断を許さない状況が続いており、また、自分が何をやれるのか、はっきりとはわかりかねている状態ではありますが、できる限りのことをしていきたいと思っています。

そして、何よりも、眠れない夜を重ねているひとが安らかに眠りにつけること、苦しい気持ちを抱えているひとの心に早く平穏が訪れることを祈っています。