いよいよ本題<NY – Day 04>

いよいよ本日から本格的にレコーディングが始まる。緊張していないといえば嘘になる。いや、正直に言えば、とてつもなく緊張している。どこでもドアがあったら、一度札幌の自宅に戻ってビールの一杯でも引っ掛けたいところだ。そんな落ち着かない状態でいると、腹部に音が響きはじめた。体の内側にある管に断続的に気泡が流れていくような、いつものあれである。端的に言えば、お腹がぐるぐるしている。景気づけにと思い、朝ごはんにカレーを食したことが逆効果だった模様だ。我ながら非常に残念である。

とはいえ、そんなことにめげてもいられない。気分転換も含めて軽く発声練習をし、譜面や歌詞を見返す。そうこうしているうちに、今回ピアノを弾いてくれるベン、そしてドラムのダリアンが現れる。わたしは慌てふためいて挨拶をするのがやっとである。とりあえず、というのも失礼な話かもしれないが、日本から持ってきたバレンタインチョコを渡して様子を伺う。ふたりとも、ありがとうと言って笑顔を返してくれる。とても物腰が柔らかくていい人たちそうで安心する。

ちょっと緊張しているんだよね、とダリアンに言うと、緊張しないでいい、とても楽しくてエキサイティングなことじゃないか、と笑顔で言われる。ダリアンはとてもフランクな雰囲気で話をしてくれるのだが、さらに時折ウインクを挟みこむ。片目だけを一瞬パチリと自然に閉じるのである。これぞアメリカン。一方、わたしはウインクができない。その後、鏡でウインクの練習をしてみたが、片目だけをスムーズに閉じることができず、全体的に引きつったような顔になる。鍛錬を積み重ねれば美しいウインクができるようになるかもしれないが、有効活用できる場面が思い浮かばなかったので、鍛錬はしないことにした。

ベンはベンで、とても知的で紳士的な印象で、少しだけ日本語が喋れるということを日本語で言ってくれたり、演者の皆さんで歓談している際には、気を遣ってわたしに話をふってくれる。ごめんね、わたしあんまり英語しゃべれないんよ…と申し訳ない気持ちになるが、とてもありがたいことである。また、いい曲だね、力強い声だね、と声をかけてくれたり、その場を気持ちよく過ごすために細やかな心配りをしてくれた。

そして、およそ5時間に渡りバンド演奏が行われ、わたしは仮歌を歌い、時折仮ギターを入れたりと、6曲ほどでその日の録音は終了した。詳細については触れないが、わたしのオリジナル曲が魔法にかかったみたいにどんどん豊かに膨らんでいったのは言うまでもないことである。

録音が終了した時刻が夕方ごろだったので、いい機会だと思って息子ちゃんと娘ちゃんと遊んだ。先日から遊ぼう遊ぼうとせがまれていたのだが、そんな余裕がまったくなかったので、今日の第一弾の録音が完了した時点で少しでも遊べたらよいなと思っていたのである。

息子ちゃんとファミコンでスーパーマリオをし、娘ちゃんとはトランプなどのカードゲームをした。ファミコンは得意ではなかったので大敗をきっしたが、カードゲームに関しては、ババ抜き・神経衰弱・カルタとすべてにおいて圧倒的な勝利を収めた。大人気ないとは思ったが手加減なしの本気である。こういうときこそ、世の中の厳しさを子供に教えなければならない。

娘ちゃんは小学校の低学年なのだが、接していると非常に面白い。誰かに接するときには人生で出会ってきたいくつかの人をサンプルとして頭に並べ、それらの人と接触した経験の中からこれが正解ではないだろうかと判断しコミュニケーションを図るのだが、小学生に関しては知り得ているサンプルがほぼ皆無なので、自分の小さいころを思い出すしかない。しかし、どうにもこうにも彼女とは性格が真逆のようで、小さいころのわたしは参考にならない。

思い出せる範囲で思い出してみると、おそらくわたしは今と相違なく非常に内向的な性格だった。近所の子供達のコミュニティには全く馴染めなかったし、学校でもグループのようなものに所属すらしなかった。時折仲良く遊ぶ友人がいたような気はするが、その後中学校に進学してから彼らとの付き合いがなくなったことを考えると、大した仲ではなかったように思う。人と関わって何か楽しいことをするよりも自分の頭の中で遊ぶのが好きで、いわゆる物語のようなものを愛していた。図書館に通って小説を手当たり次第に読んだし、もちろん漫画もよく好んで読んだ。後に映画を貪るように見ていた時期があったのも、そういった素地があったからだろう。

一方で、この家の娘ちゃんはわたしのような内向的な性質には見えない。本当によく笑うし、何かと騒がしい。人懐っこく、ちょっとしたときに手を握ってくるのも可愛らしい。小さな手は頼りないけれども温かくて、手を握られるたびにはっとする。彼女は、はじめは私のことを「あのひと」といっていたが、次には「かなでさん」、そしていまや「おねえちゃん」と呼んでくるようになった。接触しはじめてたった数日間であるが、かなり距離を縮めたのではないだろうか。年齢を重ねればきっとわたしのことは簡単に忘れ去ってしまうのだろうけど。

やがて子供達が就寝したので、タイミングを見計らってわたしも仮の自室へと戻る。少し眠気が強くなったので、ベッドに横たわっていると、いつの間にかがくりと意識を失って眠りに落ちていた。

夜の12時を回った頃に、壁の向こうからピアノの音が聴こえて、短い眠りから覚めた。隣の家から、とても拙い、エリーゼのためにが聴こえる。弾いているのはきっと子供だろう。中途半端に目覚めてしまってすぐには寝つかれないような気がしたので階下に降り、冷蔵庫からビールを掴んで自室に戻ったところ、すでにピアノの音色はやんでいた。少し煩わしいなと感じたものがなくなってしまうのも、それはそれで寂しいものである。空腹にビールを流し込んで、来週の歌の録音ではどういったコーラスをいれようか、などと考えながらまた浅い眠りに身を沈めた。

明日からは五日ほどニューオリンズに滞在する。到着日となる明日は、ニューオリンズの年に一度の祭典・マルディグラの最終日である。前回のニューオリンズの滞在の折に出会ったトロンボーンのハルカちゃん、ギターのセイゾーさん、ともに連絡が取れた。彼らは明日、同会場でギグがあるらしいので足を運ぶ予定だ。とても楽しみである。

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