胃腸が強くなりたいものです<NY – Day 03>

わたしと言えば胃腸炎である。だいたい慣れない環境に身を置くと胃腸炎になる。平素からのことなので大分慣れてしまっていて、病院にいく必要などもちろんないのだが、それでもやはり旅先、特に海外でそうなってしまうと非常に困ることがある。トイレ問題である。まだ滞在先の家の中であれば何とかやり過ごせるのだが、外出するとトイレはどこにあるかを事前に把握しておく必要がある。本日は朝からお腹の調子が悪く、連日飲み過ぎているせいだと反省する。ごめんね自分のお腹。

それが落ち着いた後、朝御飯にサーモンとクリームチーズのベーグルをいただき、本日の予定を決めた。明日からレコーディングが始まり、ドラム・ピアノ・ベース・仮歌・仮ギターの録音となるので、心の準備をしなければならない。この期に及んで何を頑張っても気休めだとわかっているが、声を出し、お借りするギターに慣れるため、数時間ほどの練習時間を設ける。あまりやりすぎても良い結果を生まないような気がしたので、数時間に止めておくことにした。その後、おそらく今回のニューヨーク滞在での唯一の空き時間となるので、マンハッタンに行き、少しだけ観光するという予定にした。

今回、わたしは8曲中の半分くらいはバッキングのギターを弾くことになったため、かなり緊張していた。もう6年ほど前に収録した初めてのアルバムで1曲だけギターを録音したことがあるものの、こんなに多くの楽曲でギターを弾くのは初めてである。渡米初日に、Noriさんから曲によってギターを変えるかもしれないというお話があり、寝泊りしている部屋には今もセミアコ、ストラト、アコギの3本のギターがある。自分が所有していない、触ったことのないギターを使用するにも不安があった。わたしにできるのだろうか。幸いなことに、わたしに合わせて弦高などの調整をしていただいたので非常に弾きやすくなり、わたしはわたしで、折に触れてギターに親しむことに努めた。

さて、声出しならびにギター練習をひと通り終えた頃には、すでに時計は午後の2時を回っていた。そろそろ出立しなければ、美術館の開館時間を過ぎてしまう可能性がある。慌ただしく家を後にし、小雨のちらつく中、地下鉄を目指す。ニューヨークで初の地下鉄乗車である。ロンドンで地下鉄に乗ったときもそうだったが、初めての地下鉄はちょっとしたアミューズメントである。いや、ロールプレイングゲームというべきか。地下鉄の路線図を見ながら、目的地へと進む行程は、決して嫌いではない。また、以前の仕事で、散々東京のあちこちに行った経験があるので、多少複雑な乗り継ぎなども得意である。

今回地下鉄に乗っていて思ったのは、乗車している人々を見るのが非常に興味深いということである。特に黒人女性にスタイリッシュな服装をしている人が多く、見事に均整のとれた体躯も相まって、これがニューヨークか…と感心する。例えば、はじめに乗り込んだ地下鉄車内で向かいに座った女性は、黒いキャップに皮ジャン・パンツと、リズムネイションのジャネット・ジャクソンのような出で立ちだった。顔立ちもはっきりとしていて美しい。

本来ならば地下鉄に乗り一度の乗り換えでマンハッタンまでいけたところ、一つの線が途中で止まってしまっていたので、他の線に移らざるを得ず、二回乗り換えをしたところでメトロポリタン美術館の最寄りの駅に着いた。その頃にはさらに雨足が強くなっており、色とりどりの傘をさした人々とともに美術館までの10分ほどの道のりをゆく。地図に従って歩くと、道の先に古めかしい壮大な美術館が姿を現した。さすが世界の三大美術館である。もともとは白かったであろう壁面は経年により赤みを帯びた灰色に染められ、入り口を支えるいくつかの柱が威厳をもって長くそびえ立っている。入り口前の階段を登り始めた頃に時計をみると、すでに時計は午後4時を回っていた。閉館時間は午後5時半なので、わずか1時間ほどしか入館できない。

そして、その入館の折には非常にトイレにいきたくなってしまい、まず最初にパンフレットを受け取らずにトイレを探して美術館内をさまよってしまったのが、運の尽きである。無事に用を足して、周りを見渡すと、どこが入り口だったのかもよくわからない。足の向くままに見てみるか、と歩き始めて幾つかの部屋を巡ったものの、進むごとにどんどんエジプト色が強くなってゆき、気がつけば周りにはファラオだらけである。申し訳ないが、ファラオにはそんなに興味がない。

ここはインターネット様のお力を借りようと、メトロポリタン美術館の情報をiPhoneで検索すると、クリムトやゴッホ、セザンヌとわたしが好きそうなところの画家の絵があることがわかった。歩いていればやがてそれらに辿り着けるかもしれないという甘い目論見のまま、足を進めているうちに、美術館のスタッフらしき男性から、あと5分だよと言われる。閉館時間まではあと20分ほどあるのだが、美術館があまりに広大であるため、入館者の追い出しが早いようだった。かくしてわたしは、たくさんのファラオたちを見ただけで、退出せざるを得なかった。

不完全燃焼のまま美術館を後にし、歩いてタイムズスクエアを目指した。セントラルパークに沿って通りを歩いていると、すでに日が落ちて薄暗い闇が忍び寄る中、立ち込めた白い靄が公園内から漂ってくる。通りから公園を見やると、半透明の白妙のような靄のなかに連れ立って歩いている男女がいる。なんだか幻想的で映画を見ているようだ。わたしはStrollin’ in the park〜♪と某曲の一節を口ずさみながら、少し得したような気持ちでそこを通り過ぎていった。

歩いて辿り着いたタイムズスクエアは、通りに面した数々の建物の一面に巨大な電光掲示板がたくさん張り付いているという印象だった。電光掲示板がずらりと並ぶその一画は、著しく眩しくて人工的に明るく、ブレードランナーで描かれた近未来の一場面が思い出された。そして、雨がまだ小さく降り続いている中だったが、行き交う人も多ければ、写真を撮っている観光客も多い。この場所を決して好きにはなれないが、確かに観光する分には物珍しくていいのかもしれない。

タイムズスクエアには特段興味はなく、立ち寄りたい場所もなかったので、そのまま地下鉄に乗り込み、次の目的地に向かう。Brooklynでセッションをやっているバーがあるらしい。地下鉄を乗り継いでそのバーに着くと、看板にはイラストで傘が描かれ、その傘の中に雨が降っているという意匠だった。今日みたいな雨の日にぴったりのバーのように思えた。バーに入ってビールを飲んでいるうちにNoriさんも現れ、一曲だけ歌わせていただいた。曲はさきほど頭に浮かんだFeel like makin’ love。ここまできてこの曲を歌うとは思わなかったが、ジャズのセッションで唯一歌えるそれらしい曲だったので選んだ次第だった。

そのバーからの帰り道でまたひとつ再会があったのだが、それはまた別の機会にしたためることにする。この3日目の出来事を書き留めている今日は、いよいよレコーディングの初日だからである。階下では、恰幅の良い小父さんがピアノの調律をしており、ぽろぽろとしたピアノの単音が聴こえる。それではまた。今日という明日に続く。

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